昔の親父たちはどうやって宴会での歌のリクエストを乗り切ったか
本日、親戚のおじさん、おばさんが遊びに来たので、私、両親、そして親戚で、そろって外食してきました。
その際に、私のいとこの娘さんが、芸能プロダクションのレッスンを受けていて、10月と12月に舞台に上がった、という話になりました。
そういえば、うちの家系、父方も母方もどちらも芸能ごと、音楽などに才能のありそうな人がいないよね? なのに自分はけっこうカラオケ行ってるよね、みたいな話になりました。
そして、昔はどうだった、みたいな話になりました。
実は、うちの父方の祖父母は、小さい飲食店をやってました。私が孫として帰省していたころにはとっくにリタイヤしていましたが。
その飲食店用だったのか、今となっては不明ですが、8トラックのカラオケが設置されてました。昭和40年代後半から50年代(1970年代)の話です。当時は小型ジュークボックスとして販売されていたものだそうです。
お客さん用のものですので、親戚一同が自分で使っていたわけではありませんが、多少はそういうものに投資する必要性を感じていたということでしょう。
一方、母方のほうは、誰も音楽好きがいません。
なので、いとこの娘さんが芸事をやるのはすごく意外だという話になりました。おそらく、いとこが結婚したダンナさんの家系のほうに、芸事が好きな血が流れてるんだろう、という結論になりました。
そして、自分が比較的カラオケが好きで歌いに行ってるのも、家筋からは珍しいよね、という話になり、さらには昔はどうだった、という話になりました。
そもそも、大昔、カラオケがある飲み屋は限られていました。カラオケが本格的に全国に広まったのは、1980年代後半、カラオケボックスブームが起きてからです。画面に流れる歌詞を見ながら歌えるよう便利になったり、通信システムとなって演奏曲数が飛躍的に増大したころから、あらゆる場所にカラオケシステムが設置されるようになりました。
したがって、私の両親や親戚が30代や40代のころには、まだカラオケはなかった、という感じです。
しかし、宴会は普通にあります。そんなときどうやって歌っていたのか?
おじさんいわく、手拍子によるアカペラです。そういえば、昔のドラマでそんなシーンを見た記憶もあります。
よって、多少音程が外れようが、リズムがずれようが、関係ない歌でした。多少のにぎやかしが済めばそれで乗り切れた、というのです。
今は、カラオケによる伴奏と比較されて、音のズレとかリズムの違いがはっきりわかるので、絶対歌わない、とも行ってました。
私自身は、社会人になったのが1989年以降。そのころにはおおよそ行く酒場にはカラオケがありました。
そして、上司や、同僚と行っては、歌っていたものです。
中にはやっぱり、どうしても歌わない人もいましたが、私自身は無理しなくていいよ、と思ってました。その分自分で歌うからと。
2010年代の現在では、無理やり歌わせるのも、そして無理やり歌を聞かせるのも、パワハラになるんですかね? だからひとりカラオケなんてものが生まれたのでしょうね。
オン・ステージ パーソナルカラオケ (シングル)ON STAGE PK-902W PK-902W-H
【参考リンク】
全国カラオケ事業者協会 ※カラオケ歴史年表参照
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